イタリア・ミクロモザイクの歴史

ミクロモザイクと他のモザイクとの一番の違いは、ガラスを溶かしながら色を配合したり金太郎飴のように模様や形を作って細く伸ばし、それをカットしながら埋めていく手法です。
これは18世紀、ヴァチカンのサンピエトロ寺院にある数々の名画が、集まる人の熱気や誇りによって劣化する数々の名画のレプリカを作るために生まれました。

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1792年にはヴァチカン内に「モザイクスタジオ」が作られ、ヴェネチアから多くの職人が来たといわれます。

その後聖堂内の工事が終わりを迎えると、職人の中から同じ技術をもっと緻密にしたジュエリーや絵画を作り、当時イギリスなどで流行していた「グランドツアー」と呼ばれる、貴族たちへの高級土産として売り出したところ、瞬く間に流行しました。

初期のミクロモザイク

ヴィクトリアン時代には花のモチーフをあしらったブローチやピルケースを、貴金属を使わない「アクセサリー」として、一般の人々にもひろがりました。

今から20~30年前、日本人観光客がイタリアに押し寄せた時代には、もっと手軽で華やかな色どりのブローチやピルケースが、各地のお土産屋さんに並んでいたため、懐かしいと思われるかたも少なくないかもしれません。

そんな数々の表情をみせるミクロモザイクは、工法や材料は秘伝とされてきたため多く広まってはいませんでした。
時間のかかる緻密な作業は、他の工芸と同じく今の時代職人は少なくなってしまいました。

しかし、本来手先が器用でコツコツと積み上げることが好きな日本人なら、これこそ楽しめるのではないかと、日本のミクロモザイクを始めました。

物が溢れるこの時代、一つ一つ積み上げ、手を加え、作っていくこと。

そこから生まれる心の豊かさ。

そんな楽しみが、ぜひ多くの人に広がっていくことを願っています。

※「イタリア」「ヴァチカン」「アンティーク」「モザイク」「ガラス」など、ミクロモザイクに関連するミニ講演会を行っています。ご希望の方はこちらからご連絡ください。

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